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5月20日 視察2日目

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左上 日本製紙              右上 被災したパルプ
左中 瓦礫の集積状況         右上 陸に上がった船
左下 魚市場須能社長 
 5月20日視察2日目を仙台市内の宿泊ホテルを出発し石巻漁港に向かい、途中のコンビニで石巻で水産会社(丸鮮)を経営されている平塚社長と合流し車中から説明を受けました。
 自らも被災され大変な状況にも拘わらず、震災発生後瓦礫が散乱している中初めて目にした緊急車両が長岡市の救急車だったということで、感謝の意を伝えたくて同行の説明役を喜んで引き受けたとのことでした。
 石巻港は漁業と日本製紙の主力工場を始めとした工業地帯で、そこに8m高さの津波が襲来して死亡2900名、行方不明2100名の尊い人命に加え、腐敗した魚約3万トンの廃棄処分や100年分とも言われる瓦礫の処分などの課題について説明を受けました。

 その後平塚社長が石巻市場の須能社長を呼んでくれて、何とも言えない異臭のする漁港で更に話を聞きました。
 社長は政府の意思決定の遅さ、地域の裁量に任せるシステムが無い、地域の雇用確保策が無い、復興会議に産業界出身メンバーがいない、政府の視察に官僚が随行しないから具体施策が出て来ないなど、地方が大変な状況であることを国は真に理解しているのかと言った民主党政府に対する不満・不信・怒りの声を大きくされていました。
 
 その後石巻市を後にして松島に向かいました。その松島で昼食を取りましたが、会場は高台に有る為被害を免れた皇室縁りの大観荘と言う大きなホテルでした。そこは全国からの警察や支援団体で1日約1000名が宿泊していますが、仕入れの関係からメニュウも3種類しか有りませんでした。
 昼食後は観光物産展を会場に同館狩野支配人・蒲鉾大手の松島蒲鉾本舗の朱取締役・遊覧観光船の丸文松島汽船の佐藤専務さんから状況説明を受けました。
 松島は島々のお陰で津波の高さは1mほどであったが、お土産屋・食堂などが大きな被害を受け営業再開はほんの一部に留まっており、GWの観光客は例年の1/4に終わり今後は体力勝負とおっしゃっていました。
 物産展の仕入れが不十分の中本県岩船漁協から協力を得られたことを感謝されましたが、復旧の為のボランテイアの継続と各地での物産展などの支援を希望されていました。

 夕方6時前に帰庁し7時から武道館について関係団体トップに政務調査を行い、遅くなったので翌日も新潟で用務が有る為市内に宿泊しました。